ABI ROAD
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なまかいどう鮮魚街道布佐散歩布佐散歩延命寺1593(文禄2)年法隆寺から虚空蔵(こくうぞう)菩■が迎えられて安置されたとある。現在の虚空蔵堂は、明治37年に焼失したものを昭和8年に再建。相馬霊場24番札所。■所我孫子市布佐2318■歩布佐駅13分(1.1km)勝蔵院山門は仁王の彫刻のある真っ白な新しい石門。参道の左側には聖観音石像。寺伝では1592(文禄元)年創建。新四国相馬霊場第21番・37番札所。■所我孫子市布佐2285■歩布佐駅15分(1.1km)岡田武松邸跡(近隣センター ふさの風)岡田武松は、気象用語「台風」の命名や世界に先駆けた海上船舶の無線通信、地震観測網の整備など気象事業の発展に多大な業績を残した。ロビーには、その業績と年譜が記されている。■所我孫子市布佐2972-1■歩布佐駅14分(1.1km)網代場跡網代場とは、漁に使った網を干したり整備する場所のこと。布佐付近では鯉や鰻などのほか鮭漁も盛んに行われており、明治から大正時代初期には最盛期を迎えた。■歩布佐駅17分(1.3km)布佐観音堂我孫子市の東端にあり、この観音堂のあたりから鮮魚街道がはじまる。本尊は馬頭観音。元禄年間に魚問屋と馬主が鮮魚街道で魚を運ぶ馬たちの慰霊のために建てたと言われる。相馬霊場58番札所。■所我孫子市都10■歩布佐駅16分(1.3km)鮮魚街道布佐の発展は、鮮魚街道の誕生と共に始まった。銚子や鹿島■の鮮魚を江戸に送るのに、宝暦のころから鮮魚輸送の本街道となった。■所我孫子市都付近■歩布佐駅10分(750m)岡田武松邸跡(近隣センター ふさの風)網代場跡布佐観音堂地元では「江戸道」とも呼ばれているそうです。あじろば な ま かい どう竹内神社p25参照21

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